福知山線脱線事故現場に速度超過で進入、ATSが作動

【2010年10月28日】

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ウィキペディアJR福知山線脱線事故に関する記事があります。
福知山線脱線事故の現場となった尼崎市内のマンション付近 2010年10月撮影 GFDL
2005年4月の事故発生当時の模様 GFDL

朝日新聞毎日新聞によると、2005年4月に発生し乗客ら107人が死亡したJR宝塚線(福知山線)脱線事故現場のカーブに、10月14日UTC+9)に、快速電車が制限速度を超過した状態で進入し、自動列車停止装置(ATS)が作動し非常停止していたことが判明した。

朝日新聞によると、同事故後に現場に設置したATSが、速度超過で作動して電車が非常停止したのは初のこととなる。JR西日本は、今回の非常停止について、朝日放送大阪市)が同月27日報道するまで公表していなかった。

朝日新聞が同社の話として伝えたところによると、非常停止したのは、宝塚同志社前行き快速電車で、14日午後5時10分頃に事故現場付近を走行中、事故現場のカーブの手前105メートルの地点でATSが作動。本来なら時速60キロ以下で進入しなければならないカーブに同69キロで進入し、160メートル走行して停止。6分後に運転を再開した。 ATSが作動した地点は、制限時速95キロと設定されている区間で、電車は時速85キロで走行中だったが、その先のカーブに制限時速以下で進入するためには、時速81キロを超過した状態で通過してはならないことになっており、超過した場合、ATSは非常ブレーキが作動するよう設定されていた。2005年4月の同事故発生当時は、現場のカーブの制限時速は70キロだったが、事故車両は116キロで進入し脱線した。事故当時、ATSは現場には設置されていなかったが、事故後、国が設置を義務付けた。

朝日新聞が同社の話として伝えたところによると、当該の電車に乗務していた男性運転士(23歳)は、ATSの作動とほぼ同時に通常ブレーキをかけていたものの、十分に速度が低下していなかったという。この運転士は2006年に入社し、2010年5月に運転士となった。この運転士は、同社の聞き取りに対し、「考え事をしていてブレーキ操作が遅れた」と話している模様である。

毎日新聞によると、同社は、報道機関の取材が入るまで公表しなかった理由について、「即座に安全を脅かす事象ではなく、乗務員らが安全トラブルに関して自主的に報告することを妨げるおそれがあったため」とコメントしている。

朝日新聞によると、事故やインシデントについて、同社には明確な公表基準は無いが、人的・物的被害が出た事故や、事故につながるような具体的な危険性のあった事態は公表し、オーバーラン等については非公表としている。同社ではこうした運用について、「社員から会社へ積極的に報告を行うよう促すため」としている。

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