【2005年8月9日】

長崎の原爆(資料)

長崎への原子爆弾の投下から60年にあたる9日、長崎市松山町の平和公園で原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が行われた。遺族や、ブラジル、米国、韓国に住む被爆者、小泉純一郎首相、尾辻厚生労働大臣、町田顕最高裁長官、ウクライナ、ロシアの大使など約6,000人が参列した。死没者名簿には、今年2,748人を追加、昨年までと合わせて13万7,339人の名前が記され、冥福を祈った。平和公園のほか、爆心地公園や浦上天主堂でも、多くの人が平和を祈った。

式典は「長崎の鐘」の音を合図に午前10時40分に始まり、式辞(長崎市議会の緒方冨昭議長)、「献水」が行われた。続いて「献花」では、内閣総理大臣と各政党代表や、10年ぶりに参列した最高裁判所長官、招請を受けたロシアのミハイル・Y・ガルージン駐日臨時大使とウクライナのユーリー・コステンコ駐日大使などが献花した。そして、原爆が投下された午前11時2分から1分間、鐘を鳴らして黙祷を捧げた。

黙祷の後「平和宣言」で、長崎市の伊藤一長市長は、核保有国の指導者を「強い憤りを覚えます」と非難した。特にアメリカを名指しして、核不拡散条約(NPT)再検討会議での「核抑止力に固執する姿勢」を指摘した。アメリカ市民に対しては、テロによる「怒りと不安」には理解を示した上で、「政府の政策が、ほんとうにあなたがたに平安をもたらすでしょうか」「核兵器のない平和な世界を、ともに目指そうではありませんか」と呼びかけた。一方、日本政府には、非核三原則の法制化や「朝鮮半島の非核化と、日本の非核三原則が結びつくことによって、北東アジアの非核兵器地帯化の道が開けます」と訴え、「核兵器廃絶への指導的役割」を果たすように求めた。また、国内外の被爆者の援護と心の面での支援の充実も要請した。「若い世代」には「平和の大切さや命の尊さについて」考えてと話した。

「平和への誓い」では、被爆者代表の坂本フミヱさんが「長崎を最後の被爆地に」と呼びかけた。来賓挨拶では、小泉純一郎首相が挨拶した他、子どもたちによる「子らの御霊」「千羽鶴」の合唱があった。

出典


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