訃報 石田文樹氏 - 横浜ベイスターズ元投手

【2008年7月16日】 サンケイスポーツと毎日新聞によると、全国高校野球大会の1984年大会で、取手二高のエースとして、PL学園を下して優勝に貢献し、プロ野球大洋ホエールズ→横浜ベイスターズの投手として活躍した石田文樹氏が7月15日(日本時間 UTC+9)、直腸癌のため死去した。41歳だった。

石田氏は取手二高時代、清原和博桑田真澄両選手のいわゆる「KKコンビ」を擁したPL学園との1984年全国高校野球大会決勝戦において、9回にワンポイントリリーフを仰ぐものの延長戦の末勝利した。その後アマチュア社会人チーム日本石油野球部を経て、1989年のドラフト第5位で大洋に入団するが、1勝しか挙げられなかった。その後1994年に現役を引退し、大洋を継承した横浜の打撃投手となった。

サンスポによると、15日に行われた試合で横浜ナインは喪章をつけて臨んだ。石井琢朗選手は「打撃投手になってから縁の下の力持ちになってくれたので感謝しています」と語っていた。また毎日新聞によると、石田氏と対戦した清原選手(現・オリックスバファローズ)は「(1984年の)対決を昨日のことのように覚えている。数少ない心に残る投手だった」、桑田氏(元巨人軍)も「同じ青春時代を過ごして、戦った石田氏が亡くなったのは大変残念。試合でも勝ったり負けたりしてとてもいい思い出」と話している。

出典

編集