訃報 涌井紀夫氏 - 最高裁判事
【2009年12月19日】
最高裁判所判事の涌井紀夫(わくい・のりお)氏が12月17日午後1時13分(UTC+9、以下同様)、肺がんのため東京都港区[1]の病院で死去した。67歳だった[1][2]。
最高裁が、12月18日に公表した[1][2]。最高裁によると、現職の最高裁判事が死亡したのは1988年5月に死去した高島益郎氏以来[1][2]で、8人目となる[1]。
兵庫県[2]神戸市に生まれ[1]、京都大学法学部卒[1]。1966年に判事補として[1]裁判官に任官[1][2]。福岡および大阪の高裁長官などを経て、2006年10月に最高裁判事に就任した[1][2]。
最高裁では、韓国人の原爆被爆者への手当て支給を認めなかった国の通達は違法であるとする判決を出した裁判(2007年[注釈 1])や、住民基本台帳ネットワークシステムが合憲であるとする判決を出した裁判(2008年[注釈 2])などで裁判長を務めた[1][2]。
今年8月30日の衆議院議員総選挙と併せて行われた最高裁判所裁判官国民審査において信任されたばかりであった[1]。