訃報 三村敏之氏 - 広島カープ元監督

【2009年11月3日】 中国新聞によると、プロ野球広島カープの選手、監督を歴任し、その後東北楽天イーグルスの編成部長を務めた三村敏之氏が11月3日午前10:05(UTC+9)、心不全のため仙台市病院で急逝した。61歳。

中国新聞によると、三村氏は広島県出身。地元の広島商業高校から1967年のドラフト第2位で広島カープに入団。遊撃手として活躍し、1975年のリーグ初優勝、1979年・80年の日本シリーズ連覇に貢献。実働17年で1567試合・1245安打・149ホームラン・打率0.255を残し、ベストナイン賞に3回輝いた。後年は広島カープの2軍監督やコーチを経て1994年から5年間1軍の監督を務めた。2007年から東北楽天イーグルスに所属し、編成部長を担当していた。

朝日新聞によると、三村氏は2009年に入ってから肝臓の手術を受けるなど体調は万全ではなかったが、10月29日開催のドラフト会議には出席していた。

関係者の声

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時事通信と中国新聞によると、三村氏が所属した広島、東北楽天の両チーム関係者は三村氏の訃報に際してコメントを寄せている。

  • 広島OBの達川光男氏 「(達川氏が)ルーキーで野球道具が買えなかったときによく三村さんがまわしてくれたりして、かわいがってくれた。監督として5年間で4回Aクラスに入ったし、それ以来Aクラスはない。当時の巨人の戦力を考えても、よく盛り上げてくれたと思う」
  • 東北楽天・島田亨オーナー 「余りの突然のことで大変驚いているし、痛恨の極み。(東北楽天の)チームがようやく力をつけて、これからも更に三村さんの力をお借りしなければいけないと思っていた矢先だった」
  • 同・米田純球団代表 「今朝(三村氏の)容態が悪化されて、病院に向かっている途中で(死に目に)間に合わなかった。昨年体調を崩された中で、業務をこなしてくれた。大変残念です」

(以上3人は時事通信より)

  • 広島OBの大下剛史氏 「敏之、敏之とかわいがっていたからショックが大きい。まさかという思いだ」
  • 同・山本浩二氏 「タイプは違うが打者としてはライバルだった。プロ人生の大半を同じユニフォームで過ごしてきた。残念だ」

(以上2名は中国新聞より)

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