「訃報 岩城宏之氏」の版間の差分

OEKが最後かわからないけれど、わかっている範囲ではOEKが最後
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(OEKが最後かわからないけれど、わかっている範囲ではOEKが最後)
{{日付|2006年6月15日}}
 
指揮者の[[w:岩城宏之|岩城宏之]]氏が、13日午前0時20分 (UTC+9) に心不全のため亡くなった。73歳だった。
 
朝日新聞によれば氏は1932年東京都生まれ。読売新聞によれば[[w:東京芸術大学|東京芸術大学]]器楽科在学中、1954年に[[w:NHK交響楽団|NHK交響楽団]]の副指揮者に就任。1956年に指揮者としてデビューした。日本経済新聞によれば1969年以降NHK交響楽団の正指揮者の地位にあった。
朝日によれば、1977年に[[w:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団|ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団]]を日本人として初めて指揮した。日経によれば、メルボルン交響楽団の首席指揮者、桂冠指揮者もつとめた。
 
また、読売によれば[[w:オーケストラ・アンサンブル金沢|オーケストラ・アンサンブル金沢]] (OEK) を1988年に設立し、音楽監督をつとめた。
 
朝日、日経によれば、サントリー音楽賞、朝日賞、[[w:紫綬褒章|紫綬褒章]]、[[w:日本芸術院恩賜賞|日本芸術院恩賜賞]]、日本エッセイストクラブ賞などを受賞。日本芸術院会員。[[w:東京混声合唱団|東京混声合唱団]]の音楽監督などを歴任した。
 
産経新聞によれば、2001年に咽頭がんが見つかっていた。読売によれば、今年になってからは指揮をするときに車いすを使っていた。OEKによれば、4月28日のOEK第200回定期公演では車いすで指揮をしたが、東京オペラシティー文化財団によれば5月28日の「オーケストラ・コンサート:武満徹の宇宙」の指揮をキャンセル、また東京フィルハーモニー交響楽団によれば6月4日の同団の第28回「午後のコンサート」の指揮をキャンセルしていた。
 
== 出典 ==
12,244

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